2016年2月20日

手が二本しかないせいです

先ほどの喧騒が嘘のように、店内は静まり返った。根気の良さそうな雨が、じめじめと降ってきた。



昨日の朝、いつも扉の小窓を磨いてくれとる看板娘の背中を、撮影する。時折嫌そうな顔をしている看板娘に、連写してみる。こんな姿を見れるのは、神様が僕か、はたまた通りすがりの人なんやから。お客さんを迎え、見送るための扉を磨くのは、清々しい。ありがとう、感謝しとる。大事なことやんな。


今朝はバタバタとブレンドを作る。今朝だけじゃなく、たいてい朝はバタバタとしている。ただ、豆の選別をする時だけは時間を止める。いや、時間なんて止められないから、この世に時計というものが無いと想定してみる。時間に追われると、美味しいブレンドができない。


一階の枯れ果てた菩提樹とは逆に、二階のカランコエがまさかの満開を過ぎ、次の蕾のために間引いてやる。満開を過ぎてもこうべを垂れているだけで、一輪一輪がまだあまりに美しく、水に浮かべてみた。見頃だな。


厨房から看板娘がなにやらもごもご言っとる。寄ってみると、
「なぁ、チョコスコーンのネタ(生地)、ゼロって知ってた?」
知るわけあるかい。それあかんやないかい。姉さん、明日は営業の日曜でっせ。できるだけ機嫌を損ねない煽り方で、いわゆる「はよ仕込まんかい。」とやわらかく促す。


うちに来てくださるお客さんたちのすごいところは、まだ無いはずのオムライスを普通に注文してくるところだ。
「オーダー入ります。Lisakiさんがオムライスって言ってます。」
ちょちょちょちょい待って。無いがなまだ。できとらへんがな。
「だからオムレツセットでお願いします。」
ウィームッシュ!
なるほど急がねばならぬ。彼らは僕らより一枚も二枚もうわてなのですから。
ん?クロックムッシュをはよメニューに入れろ?そう、そうでした。できとるのにメニューに載せられていないとゆう、手際の悪さ。のんきか!と突っ込みたくなるでしょう?のんきなんかじゃないんです。手が、二本しかないせいです。
こんな不確かな脳みそで、確定申告なんて無理だー。